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ものがたりの錬金術

2017/01/16 雪祭り 雑感

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信州新野の雪祭り。

 

この祭りを「雪祭り」と命名した折口信夫は、

「日本の芸能を学ぶものは一度見る必要のある祭り」

と言い切ったそうで、その後何度も、冬が来るたびに新野に足を運んだという。

 

祭りのすべてには大切な意味がある。執り行われる日にちや時刻もその一つ。
「人が集まりやすい」という安易な理由で、土日休日に合わせて年ごとに日を動かす祭りが多くなってしまったなか、この雪祭りは「小正月」という日取りを今もしっかり守っている。
けれど今の暦は月の動きと関係ないから、小正月の1月15日も残念ながら十五夜ではない。

 

祭りが始まる真夜中、御神火が灯されると、
舞い上がる炎の上空、凍るような星空の本来ならば頂点に達した満月に、おそらく誘われるように、
いや、もしも月がちゃんと真上にあったなら、そこから御神火の炎目がけて降りてくるようにさえ見えるかもしれない、

満月が最も高く上る真夜中を待って祭りが始まるのはそういう理由があったのではないか、
ということは、神さま(折口が言うところの「マレビト」)が訪れるもとはやはり月なのだろうか、
とすると、そこに、遠く縄文からのつながりまで見えてくるような…

 

学者でもない身でこれ以上このことに筆を尽くすのは控えたいが、
とにかく、そうやって新野の人たちがお迎えする神さまと新野の人たちとの距離はとても近かった。

 

面を替え、装いを替え、持ち物を替え、舞いを替え、森から山から沢から谷から、

いろいろな神さまたちがやって来る、

お迎えする人たちは、迎えながら神さまに茶々を入れる、

まるで一緒になって神さまと遊んでいるようでもあり、

見ていると、

遥か初めの世界では人も神さまも同じ森や山や沢や谷や自然のなかで暮らす同じもので、

いつからかそこから離れていった人たちが、

季節と日にちと時刻を決め、

かつてずっと一緒にいた仲間だった神さまたちと懐かしく遊んだりお喋りしたりする、

ひょっとしてそれこそがお祭りの始原の姿だとしたら、

なるほど折口が言うように、これほどお祭りらしいお祭りは、他に今まで見たことがない。

 

それにしても、

人がお迎えした神さまに茶々を入れてお喋りを楽しむ、

その姿の何と大らかで豊かなことか、

もう一度折口を引けば、彼はこれこそがあらゆる芸能の原点だと見抜いた。

 

もちろん、”ものがたり”も、そこに含まれる。

 

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